釜めしぃ〜

 季節が良くなると遠くまで出かけたくなる。温泉、山、観光地、名勝地、・・・。最近は車で出かける人が多いが、やはり電車がいい。私が運転できないからというのでなく、電車がいい。車は「旅行」と言う感じがするが、電車は「旅」と言う感じがする。車は、行った先での楽しみが目的になるが、電車は目的地までの過程も楽しめる私はそんな気がする。そして電車での楽しみは何と言っても、「駅弁」だろう。駅弁こそファーストフードの王様だと私は思う。

立ち売りのワゴン 最近の駅弁はたいてい駅売店で売っている。昔懐かしく、電車の窓から顔を出し、「お弁当くださぁ〜い」なんて光景はすっかりなくなった。ところが、甲州街道郡内の中央線にはそんな駅弁買いができる駅がある。大月駅である。
 下り電車がホームに到着する。「かまめしに、べぇ〜んとぉ。おーべぇ〜んとに、釜めしぃ〜」と言う売り声が聞こえてくる。TVで日本全国の駅弁紹介をすることがあるが、駅弁売りの声が紹介されることはない。大月駅からは、お弁当売りの声が聞こえてくる。何と懐かしいことか。
 駅弁が名物になっているところはよくあるが、駅弁だけなら宅配やお土産、物産展で手に入れられる。しかし、駅のホームの立ち売りの姿はその駅でないと見ることができない。そして立ち売りでないとお弁当売りの声もない。しかし、駅立ち売りのお弁当売りはほとんど見られなくなった。だから、TVでもお弁当売りの声の紹介がない。焼きいもと駅弁はやはり立ち売りに限る。駅弁の売り方までもが、駅弁をおいしくしている。そんな、駅弁売りをしているのが大月駅である。
 大月駅の立ち売り弁当は、ワゴンで売っているが、1960年代までは首かけで売っていたという。ぜひとも復活してもらいたいが、ワゴン売りでも「おべんとぉ〜」の声は健在である。


ほろほろランチ ほろほろランチはミニワイン付き

 さて、大月駅の駅弁にはいくつかのメニューがある。テレビでも紹介された、小さなワインの入った、「ほろほろランチ」と言う名物駅弁もあるが、お弁当売りのおばさんのお勧めは、「釜めし」。ホームで何が一番売れるか見ていると、やはり釜めしである。特に下り普通列車(BOXシートの列車)、のお客さんがよく買う。若い女性客も仲間で買い求め、さっそくおいしそうに食べている。この光景こそ、大月名物のひとつだと思う。釜めしは、しいたけ、れんこん、ごぼう、などお客さんの健康を考えたヘルシー志向である。ご飯の量も1合弱なので女性にはピッタリではないだろうか。

 包装用紙には、「食べたクズは座席の下に、、、」と言う意味のことが書かれている。何ともジ〜ンとくる一言ではないか。私は子供の頃「駅弁を食べたら、座席の下において置くんだよ」と親から教わったが、この”座席の下”に駅弁分化が生きているような気がする。

 さて、その釜めしだが、釜めし包装用紙には先の食べた後の処置の他に、「約1合のご飯がおいしく炊けます」と書いてある。ということで、炊いてみた。
 12、3分で炊きあがり、あとは蒸らす。でき上がりは写真の通りである。何と抜群の出来ではないか。写真では分からないが、香りがいい。懐かしい香りが漂ってくる。”おこげ”の香りだ。梅干を乗せると、唾液腺が機能し始める。食してみると、何故か甘い。炊飯器で炊いたご飯は、甘く感じたことはないのだが、不思議と甘く感じた。
 反省点としては、1合では多すぎたこと。量を減らせばもっとよく炊けたのではないか。2点目が、ちょっと硬かったこと。私は柔らかいご飯が好きだが、硬めのご飯が好きな人にはピッタリだろう。水を多めにすると良いと思う。十分多くすればおかゆになる。風邪でお腹が弱った時には、このお釜が助けになるというわけだ。

 買って楽しい、食べてもおいしい、炊いてもおいしい、風邪の時に助けてくれる、大月駅の釜めし。販売は桂川館(けいせん)である。ということで、突撃取材を試みた(2004.3月)。桂川館には、1960年代まで使われていた首かけトレイ始め貴重な代物がたくさん残されていた。使用しなくなって30年以上も経つと言うのに薄暗い倉庫に大切に保管されていた。首かけトレイをかけさせてもらった。なんとなく、うれしくなった。アイスクリーム売りの肩掛けBOXもある。もちろん現在は使われていない。今、駅でアイスクリームを買うなら、上から覗くショーケースか自動販売機である。肩掛けBOXの「アイスクリーム」の字体がいかにもおいしそうである。


釜めしの首かけトレイ(値段は当時のもの)

 さて時代と共に駅弁も様代わりしていく。桂川館さんには、昔のお弁当の包装紙も残されていた。「おかずだけ」などという変わったものも売っていた。文字通りおかずだけだという。甲州・信州へ旅する際、家でおにぎりだけ用意し、大月駅でおかずを買うといいことなのだろうか。とにかく変わった商品名である。その他にもいろいろあるが、包装紙にある電話番号の市外局番が現在の4ケタ(0554)ではなく5ケタ(05542)なのが時代を感じさせる。

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「昔は飛ぶように売れたが、もう売れないねェ」と言う。大月駅名物の立ち売り駅弁。”釜めしにお弁当〜”の声を聞きながら駅弁を買えるのも、いつどう変わってしまうかもしれない

 
 2004年夏、ついに大月駅ホームから駅弁売りがなくなってしまった。たずねてみると、「11月頃まで中止している」と言う。はたして再開できるのかそれともこのまま終わってしまうのか。駅弁売りの声はもう二度と聞くことができないのだろうか。そんな状況のまま、秋にはついには駅ホームでのショップ売りになってしまった。なんとかして、名物駅弁売りを残せないものだろうか。と思っていたら願いが通じたのだろうか。ショップの前では「釜めしぃ〜」だけは残っている。ところがこれも、2008年にはなくなってしまった。またひとつ名物が消えた。

駅弁情報は、駅弁資料館、がとても参考になります。

※ 写真、駅弁売りの声は桂川館さんおよびご本人の了解のもとに掲載いたしました。